ひむか の 風 に さそ われ て。 若菜集 島崎藤村

斎藤茂吉 万葉秀歌

て さそ われ 風 ひむか の に

😁 その樹の下に 嘗 ( かつ )て私の恋しいお方が立っておいでになった、という追憶であろう。

昭和十三年八月二十九日斎藤茂吉。 (本書は簡約を目的としたから大体の論にとどめた。

西行の和歌 20首 【現代語訳】付き

て さそ われ 風 ひむか の に

🤛 (しおこしのまつ) 越前 えちぜん の境 さかい 、吉崎 よしさき の入江 いりえ を舟に棹 さおさ して汐越 しおこし の松を尋 たず ぬ。 こどもの 頃 ころ 、 髪 かみ の毛が 短 みじか い ばかりに、男の子と 間違 まちが われて 嫌 いや でした。 そうすれば、アキラケクコソアラメという推量になるのである。

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然れば惜むべきを、ひめ隠しおかば、荷田大人の功も 徒 ( いたづら )に 成 ( なり )なんと、我友皆いへればしるしつ」という感慨を漏らしている。

西行の和歌 20首 【現代語訳】付き

て さそ われ 風 ひむか の に

⚡ (ひらいずみ) 三代 さんだい の栄耀 えいよう 一睡 いっすい の中 うち にして、大門 だいもん の跡 あと は一里 いちり こなたにあり。 余計 よけい な 一言 ひとこと を 言った ばかりに、彼女の 機嫌 きげん を悪くさせてしまった。 仙覚・ 契沖 ( けいちゅう )・真淵らの 霊極 ( たまきはる )の説、即ち、「タマシヒノキハマル内の命」の意とする説は余り有力でないようだが、つまりは其処に落着くのではなかろうか。

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でも、その宮さまは、 とても上品で気取っていらっしゃるって聞いてるわ。

牧水かるた « 若山牧水

て さそ われ 風 ひむか の に

🌭 泰衡 やすひら らが旧跡 きゅうせき は、衣が関 ころもがせき を隔(へだ)てて、南部口 なんぶぐち をさし堅 かた め、夷 えぞ をふせぐとみえたり。 この長歌は、「やすみしし 吾 ( わが ) 大王 ( おほきみ )の、 朝 ( あした )にはとり 撫 ( な )でたまひ、 夕 ( ゆふべ )にはい 倚 ( よ )り立たしし、 御執 ( みと )らしの 梓弓 ( あずさのゆみ )の、 長弭 ( ながはず )( 中弭 ( なかはず ))の音すなり、 朝猟 ( あさかり )に今立たすらし、 暮猟 ( ゆふかり )に今立たすらし、 御執 ( みと )らしの梓弓の、長弭(中弭)の音すなり」(巻一・三)というのである。 今更 いまさら むかし語 がたり とはなりぬ。

けっして、あなたが今までお逢いになった方のようなことはしませんから」 とおっしゃるので、女は、 「変なことを。 「中大兄三山歌」(巻一・一三)でも「御」の字が無い。

柿本人麻呂 東の野にかぎろひの立つ見えて

て さそ われ 風 ひむか の に

♻ (ふくい) 福井 ふくい は三里 さんり 計 ばかり なれば、夕飯 ゆうめし したためて出(い)づるに、たそがれの道たどたどし。 このところに行幸 みゆき ありしこといまだ聞かず。 あらたうと 青葉若葉 あおばわかば の 日の光 くろかみやま 黒髪山 くろかみやま は霞 かすみ かかりて、雪いまだ白し。

『今まで』 とはいつのことでしょう」 などと、それとなく話をはぐらかしているうちに、夜もしだいに更けてきた。

西行の和歌 20首 【現代語訳】付き

て さそ われ 風 ひむか の に

📞 あの女は特に身分が高いわけではありません。

「馬なめて」もよい句で、「友なめて遊ばむものを、馬なめて 往 ( ゆ )かまし里を」(巻六・九四八)という用例もある。 舟の上に生涯 しょうがい をうかべ、馬の口とらえて老 おい をむかふるものは、日々 ひび 旅(たび)にして旅(たび)を栖 すみか とす。